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漣岩の恐竜の足跡 

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2015.10.26 漣岩の恐竜の足跡 
 
小鹿野町の東端の化石館から、299号線を通って西の端まで横断し、群馬県の神流町恐竜センターに向かう途中に「恐竜の足跡」がありました(^o^)
 
イメージ 1

 この岩の岩肌には細かい凹凸があるのですが、その凹凸は水深の浅い流れの跡が砂に残って化石になったもので、穴のようなものは恐竜の足跡であることが専門家によって証明されたと記されています。
 
漣岩 
イメージ 2

この岩の細かい凹凸の模様は、約13000万年前の白亜紀のさざなみの跡がそのまま化石になったものだということなのですが・・・・? 普通は砂についた波の跡は次の波が来れば消えてしまいますよね~?それが消えずに化石になってしまうまでこのように一面に残っているものなのでしょうか???
 
恐竜の足跡 
イメージ 3

岩についているくぼみが1985(昭和60)に恐竜の足跡と認定されたそうで、日本で初めて認められた「恐竜の足跡化石」なのだそうですが、砂についた足跡って砂が化石になるまで残っているものなのでしょうか???
 
これが初めから砂ではなく岩で、その岩に漣が寄せていたのなら波が岩を削って波の跡を残したかもしれませんが、でも、初めから固い岩だったのなら岩に足跡が残るはずはありませんし・・・う~ん分からない<(_ _)>
 
いったいどうやってこれが波の跡と恐竜の足跡であると証明できたのでしょうね?「これは恐竜の足跡である」と認定できる人がどこかにいたのでしょうか(^o^)?それは誰でどんな人だったのだろう?「恐竜の足跡認定委員会」みたいなものがあったのかな~?それともこれも「波の跡であると考えてよい」「恐竜の足跡だと認定してもよい」という類いの「説」なのかな~?
 
この「さざなみ岩」は229号線で県境の峠を越えて神流町へ下って行く途中の、山の中腹の標高570mくらいの所にあったのですが、この高さまで海だったということなのかな~?それともこの辺りは海辺が隆起によって現在の高さになったということなのかな~?
 
「恐竜の足跡と波の跡」だというさざなみ岩を見学したら、なんだか疑問でいっぱいになってしまったので、恐竜センターへ行って説明を見たり、資料を買ってきたりしたのですが、まだどうも釈然としなくて納得できていません<(_ _)>
 
波の跡と恐竜の足跡が化石になった過程の説明
イメージ 4

 
イメージ 5

イメージ 6

さざなみが寄せ、恐竜が足跡を残した海辺の砂地だったものが、現在は化石となって山の中に垂直の壁になって立っているという説明ですから、確かに隆起はしたのでしょうけれど、いったいどのくらい隆起したのでしょうね?プレートの移動によってヒマラヤが7000m以上に押し上げられたことを考えれば、このくらいの隆起は驚くようなことではありませんから、水平だったものが垂直になったということは納得するとしても(^o^)、この岩は泥岩のような柔らかい岩ではなく固そうな岩に見えたので、砂に残った波の跡と足跡がこのような化石になったということは、説明を見てもまだイマイチ納得できないのですが<(_ _)>、専門家の間にはここには記されていない論理的な証明法や確たる証拠があって、門外漢の私がそれを知らないだけなのでしょうか



 

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