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水稲荷と穴八八幡63 フィールドワーク2

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2018.3.8 水稲荷と穴八八幡63 フィールドワーク2

 
国立科学博物館の三万年前の航海再現実験は、三万年前の海が今と同じであると思い込んでの実験だったことが失敗の原因だと私は思うのですが、この実験チームは、「祖先たちは台湾から舟を出し、100km 以上先の今と同じように)見えない琉球列島へ向かう航海に出た」のだと考えているようです。
 
「台湾から渡ってきた古代の人類は、死を賭して一か八かの冒険をしていたわけではなく生活をしていたのだから、島があるかどうかも分からないのに当ても無く大海に出て行ったなどということはありえない」と私は思ったのですが、
 
201711月の「私の履歴書」で、石毛直道氏の船外機が壊れてしまったボートで海に流された話を読んで、ますますその思いを強くしました。
 
机上の空論やつじつま合わせの解釈や説には全く説得力がなくて疑問ばかり感じてしまうのですが、事実やフィールドワークでの実体験に裏付けられた話には説得力があるのですよね(^_-)
 
フィールドワークといえば、最近読んだ前野・ウルド・浩太郎著 『バッタを倒しにアフリカへ』は、実験室での研究ではなく、実際にバッタの大群の発生する現場での実見と実体験を記していて説得力があり、とても面白かったのですが、その本の中には、私がここまで推理してきたことを裏付けてくれる実体験も混じっていました。この本も2017年に出版されたものだったので、時代の流れは机上の空論から論理的な実証へ、研究室からフィールドワークやプレートテクトニクスへと向かっているのかもしれないと嬉しくなってしまいました\(^o^)/。
 
地球の歴史やプレートテクトニクスを知った今では、ヒマラヤの上にアンモナイトやウミユリの化石があっても、塩湖があっても、アルプスが海の生物の死骸の石灰岩でできていても、砂漠に岩塩の採掘場があっても全く驚きませんが(^o^)、以前は不思議でなりませんでした。
 
なぜ、山の上に大量の塩や海の生物の痕跡があるのだろう?という疑問から、因果関係を推理していって、それはそこが元は海だったからだという当然の結論に辿りつき、「それではヒマラヤやアルプスは、いつ頃、どうして海だったのか?」ということを考えて地球の歴史やプレートテクトニクスに行きつき、塩湖や岩塩について考えている過程で、マリの砂漠にも岩塩の採掘場があることを知って、今は水のない砂漠も、元は海底だったに違いないと考えたのですが、
 
マリの岩塩
イメージ 1

 
イメージ 2

 
マリの岩塩を運ぶラクダの隊商
イメージ 3

 
 マリの隣のモーリタニアには、その海の痕跡が今も実際に砂漠の中に残っていることがこの本の中に記されていたのです\(^o^)/。
 
 

ところで、新燃岳の噴火はますます活発になり、大量の火山灰を降らせ続けているようで<(__)>、上空から、火口に直径550mに渡ってマグマが溜まっていることが確認されたそうですが、このマグマを供給しているのは、50k離れたえびの高原の下にあるマグマ溜りなのだそうです。火口のマグマがさらに増えれば、火砕流が発生する恐れがあるそうですし、雨が降れば、火山灰による土石流が発生する恐れもあるのだそうですが<(_ _)>、富士山でも土石流が発生して、二人が亡くなっていたようです(T_T)。こちらはスラッシュ雪崩という聞きなれない雪崩だったようなのですが・・・・

 

 
 

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