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Channel: 歴史探訪
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元号2

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2017.1.26 元号2

 

一代の天皇に一つの元号を付けて天皇の在位期間で時代を区分するというのは、明治時代に始まったばかりのものにすぎないのですし、元号による年代表記は日本人にしか通じないうえ、日本人だっていちいち西暦に換算して考えなければならないのですから、年号の表記は世界中に通じる西暦にした方がいいのではないでしょうか。

 

鎖国時代や、ごく一部の人だけが外国と係わりを持っていた時代とは違って、全てがグローバル化してしまった今では、日本国内だけで完結することなどないのですし、日本人同士が理解できればそれでよいという状況ではなくなってきているのですから。

 

西暦の表記にしておけば、11日に譲位式をしなければならないなどという制約は無くなり、いつ譲位があっても昭和が突然平成になってしまった時のようにアタフタすることはないわけですし、各種の書類に書き込む生年月日や日付なども西暦で書くのか元号で書くのか迷ったり間違ったりすることもなくなってすっきりしますし、外国の出来事と日本の出来事の関係もわかりやすくなるはずだと私は思うのですが、難しい顔をして(?)ああでもないこうでもないと会議をしている「有識者」という種類の人たちはそうは考えないようです(^o^)

 

わざと外国人にも日本人にも分かりにくくしておくことで日本は特別な神の国なのだと『記紀』のウソ八百の神話を死守し、自分たちに地位や肩書や勲章を与えてくれる「権威」を絶対的なものにしておきたいということなのでしょうか(^_-)

 

「万世一系」で神代から続いているとされている「天皇」ですが、調べてみたら、冷泉天皇(在位967969年)以後、光格天皇(在位17911817年)の時に諡号を復活させるまで、安徳天皇を唯一の例外として、天皇号は生前も死後も正式には用いられていなかったのだそうで、すべての天皇を「○○天皇」と呼ぶように改められたのは明治時代になってからなのだそうです。

 

明治になるまでは天皇の在位期間で時代を区分し元号を付けていたどころか、天皇の在位には関係なく随意に改元していたのだそうで、戊辰戦争の結果として全国政府の座を奪取した明治政府が明治に改元し、「一世一元の詔」を発布したため、明治以後は新天皇の即位時に改元する「一世一元の制」に変更されたのだそうです。

 

それではこの「元号」も、明治政府(の誰か)が「そうすることにしよう」と人為的に決めたことにすぎず、さしたる根拠があるわけでも、神代から連綿と続いてきた伝統やしきたりだというわけでもないのですから、「どんなに不合理で不便であっても絶対に付けなければならない」というものではないようですね(^o^)

 

神代からとされている「万世一系」も、実はこの言葉が使われだしたのは明治以降だったようですが、「有識者」だという方々は、そんな歴史をちゃんと知ったうえで議論なさっているのでしょうか?

 




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