2016.7.16 穂高神社と安曇野37 草の舟での航海10 大陸棚って?
ところで、海岸沿いには大陸棚というものがありますよね。大陸棚って何だろう?なぜそういうものがあるのだろう?って考えたことはありませんか?
大陸棚について調べてみると、
大陸棚(たいりくだな)とは、大陸の周縁に分布するきわめて緩傾斜の海底で、傾斜の変換点をその外縁とする平らな棚状の地形をいう。
のだそうで、平均水深はほぼ130m、幅は平均78kmだそうです。でも、どうして同じような大陸棚が同じような深さで大陸の周縁にあるのでしょうね。
以前同じような疑問を「洪積台地」と「沖積低地」についても持っていたのですが、関東では、江戸時代や昭和までの町や都市はみな20~30mの高さのこの洪積台地上に作られており、沖積低地は水田地帯だったことから、洪積台地は古い時代に海際だった所で、波や堆積によって平らになった後、隆起や海退によって台地になった所で、沖積低地は江戸時代や明治時代頃まで海や湿地だったところなのではないかと推理しました。例えば、江戸城(皇居)があるのも20mの洪積台地上で、その麓は江戸時代までは海(日比谷入り江)だったのですしね(^o^)。
改めて調べてみると
洪積台地は更新世(洪積世)において形成された平坦面が、その後隆起したことで形成された扇状地や三角州、台地の総称。
となっていましたが、それでは洪積世になぜ平坦面が形成されたのかというと、当時はこの高さが陸と海との境目だったからでしょう。そして、
沖積平野は主に河川による堆積作用によって形成される平野の一種で海浜堆積物によって形成される海岸平野と区別される。河川の流速が減じて運搬された土砂が氾濫原や河口、さらに沖合にかけて堆積して平野となる。沖積平野のうち、主に第四紀完新世以降の海水準変動に伴う海進期に沖合の海底に堆積した部分が、その後の海退によって陸化したものを「海成平野」、河川による堆積が現在も継続しているものを「河成平野」と分類することがある。
とのことなのですが、この説明に私は納得できませんでした。川はいつも氾濫しているわけではありませんし、年に何度か氾濫して平らな所を水浸しにすることはあっても、その水量や水勢が関東平野のような広大な平面を作り出すことができたとは思えませんでしたから。この「学説」は、古い時代の「・・・と考えてよい」というつじつま合わせの説を既定の事実として無批判に踏襲しているだけなのではないかと思いました(^_-)。
それらの「定説」や「学説」は到底納得できるものではなかったので、私は自分で平野の成り立ちの説明モデルを考えることにしたのですが、沖積平野は低湿地帯で現在も水田地帯であること、平野の縁の20~30mの洪積台地の辺縁には多くの貝塚や遺跡があること、縄文時代から昭和に至るまで人が住んでいたのは洪積台地上であって、沖積平野には都市も町も遺跡もないこと、日比谷は江戸時代まで海であったことなどから、沖積低地は古代には海で、遺跡や貝塚が並んでいる台地の辺縁が当時の海際だったのではないかと考え、それを実地踏査と地域資料でここまで検証してきたわけです。
例えば、関東平野や北海道の平野からは、クジラやサメやイルカやアンモナイトなどの化石がたくさん出てきていますが、「河成平野」からそんなものがゾロゾロ出てくるはずはありませんよね。これらの平野は古代には海だったということでしょう\(^o^)/。
そして、いつ頃まで海だったかというと、本郷には弥生式土器が発見された有名な貝塚もありますが、
そんな遠い昔の話ではなく、家康が江戸にやって来た17世紀には江戸城の下は日比谷入り江だったのですし、明治・大正になっても本郷台地の縁の森鴎外の家(観潮楼)の窓からは海が見えていたのです。
山に囲まれた盆地の平野も、海に面した関東平野や濃尾平野や新潟平野などの広大な平野も、その成り立ちを辿ってみればすべて海の跡であって、陸地が自然に平らになったわけでも川が氾濫して広範囲の土地を平らにしたわけでもなく、平野は全て海成平野なのです(^o^)。
昔は分かっていなかったことが今はいろいろ分かってきているのに、「平野は川の氾濫原で河成平野であり、海に近い所は海成平野だと考えればよい」というような、明らかに矛盾のあるつじつまを合わせの「学説」をいつまでも無批判に踏襲しているのは怠慢だとは思いませんか?
最先端の科学では、平野のでき方はここまでの推理どおりの説明がされていましたが、まだ一般には浸透していないようで、このブログでの推理や、2011年に「古代の地形から『記紀』の謎を解く」に書いた推理は、時代より少し先を行ってしまったため「でたらめもでたらめ!!」などと言われてしまったようです<(_ _)>。
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↓のような図が教科書に載るようにでもなれば、「でたらめもでたらめ!!」などと言っているような方が逆に頑迷固陋な輩と言われるようになるのでしょうけれどね(^_-)。
筑波の地質標本館にあった「平野のできるまで」の説明