2015.12.22 Killyさまへのお返事の続き
「ウガヤフキアエズノミコト」という名前は、この御子が生まれる時、産屋の屋根を鵜の羽で葺き始めたのだけれど間に合わなくて、葺き終わる前に生まれてしまったので「鵜草葺不合命」と命名したというオハナシなのですが、馬子や蝦夷や入鹿などと同様、そんな名前を子供に付ける親はいませんよね(^_^.)。ましてやこの人(?)は天孫・ニニギノミコトの孫でカミサマだということになっているうえ、神武天皇のお父さんなのですよ(^o^)。
鵜の羽でどうやって屋根を葺くのだろう?と考えてみたのですが、そんなことは現実にはあり得ませんし、179万年前に降臨したニニギノミコトの曾孫が紀元前660年に即位した神武天皇だというのもあまりにも不自然すぎますよね(^_-)。
誰も本当のことなど知るはずのない大昔のことを記した訳の分からない古文書や文献など、私たちは普段目にすることはありませんし、もし見る機会があったとしてもとても読めませんから、書かれている内容など分かるはずもありません<(_ _)>。
誰も読めなくなってしまっていた『古事記』を、本居宣長が解読し、天上のカミサマのオハナシだと解釈して『古事記伝』を著した後、権威ある肩書きをお持ちの学者さんたちがそれを前提につじつま合わせを重ねてきたわけですが、そういった解釈書をただ読んでいるだけでは、権威や肩書きに惑わされ、煙に巻かれて「なんとなく釈然としないけれど、大昔にはそういうこともあったのかな~?」などと思わされてしまうのですよね(^o^)。
でも、それを元に実際に自分で編纂するなり文章にしようとするなりしてみると、それらの記述は矛盾だらけで全く整合性がないということが分かってきてしまうのです。なぜならそれらはそもそもがウソ八百の作り話でつじつまなど合うわけがないのですから<(_ _)>。それをこれまで権威ある学者さんたちが「○○は××だと考えればよい」という論法でむりやりつじつま合わせをしてきたのです。
苦労して古文書を解読してみたらまるでつじつまの合わないことばかりが記されていたことが分かった先生が腹をお立てになったのは無理もありませんよね。編纂を続けるとすればその大嘘を、『古事記伝』や学者さんたちの解釈に合うようにつじつまを合わせなければならないわけですから、その先生が編纂委員を辞されたのは気難しかったからではなく、権威にすり寄るような非論理的なつじつま合わせはしたくなかったからかもしれません(^_-)。