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武蔵野台地と湧水15 三宝寺池?石神井池?2

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2018.12.23 武蔵野台地と湧水15 三宝寺池?石神井池?2
 
善福寺池から流れ出す川は善福寺川、妙正寺池から流れ出す川は妙正寺川なのに、三宝寺池から流れ出す川はなぜ三宝寺川ではなく石神井川なのだろう?と疑問に思って調べてみました。
 
最終氷期の海退期にも存在したという石神井川は複雑な変遷を辿ってきたようで、ごく最近まで石神井川の本流は三宝寺池から流れ出す川とされ、小金井からの流れは大川と呼ばれる支流とされていたのだそうですが、都市化によって三宝寺池の湧水が減ったため、大川が石神井川本流とされて、三宝寺池から合流点(山下橋)までの流れは三宝寺川と呼ばれるようになったのだそうです。
 
石神井池は、この三宝寺川を途中で堰き止めて周辺の水田になっていた低地を池にしたもので、三宝寺川の下流は暗渠とされ、地上は和田堀緑地として公園化されているそうです。
 
すると三宝寺池から流れ出て、支流の大川を合流していた「石神井川の本流」だった川が、湧水が減ったために石神井川の支流の「三宝寺川」となり、さらに堰き止められて今は石神井池(ボート池)になっているということなのですね。
 
そして1959年に石神井池と三宝寺池の二つの池を中心に石神井公園として整備され、周辺は風致地区に指定されたのだそうですから、今の↓のような風景は1960年代以降に作られたもので、それ以前のここは、三宝寺川が流れる田んぼだったのですね。

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第二次世界大戦終戦直後まで田園を流れる小川だった石神井川は、宅地化に伴って汚染が進み、1970年代(昭和50年前後)にはドブ川と化していたそうですが、その後流域の下水道普及率が進んだために水質は改善されてきているそうです。けれど、豪雨時などには下水が排出されるため、水質は一時的に悪化することもあり、2009年には、JR王子駅構内のトイレの汚水が下水道工事の不備で40年以上にわたって川に垂れ流しにされていて、川から発生する悪臭の一因となっていたことが判明したということもあったそうです。
 
現在は小平から北区堀船三丁目で隅田川に合流するまで「石神井川」となっているこの川は、小平市・西東京市では「悪水」、西東京市・練馬区の一部では「大川」、練馬区・板橋区では「石神井川」、北区では「音無川」「王子川」「滝野川」と呼ばれていたのだそうです。
 
飛鳥山の西には豊島氏の滝野川城があったそうですが、石神井川は板橋区加賀付近から谷が深くなって、その辺りでは「石神井渓谷」「滝野川渓谷」「音無渓谷」などとよばれる景勝地になっていたそうで、江戸時代には庶民の行楽地になっていたそうです。
 
滝野川城の跡に建つ金剛寺 手前は紅葉橋
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金剛寺の裏手には、石神井川の蛇行の跡が↓のような不思議な地形になって残っていました。
 
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江戸名所図絵 松橋弁財天洞窟 
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ビルで埋まった今では想像もつきませんが、この辺りは深山幽谷の趣だったのだそうです。川一つとってみても、時代によって流路も名前も同じものとは思えないほどに変わっているのですから、現在の地図で過去の歴史を解釈することはできないのですよね。
 
 

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