2018.9.6 学者さんたちの常識17 断層
先日、うっかり「初代倭王・讃は崇神天皇」と書いてしまったのですが<(_ _)>、東征して小部族国家の連合体の盟主であった大国主(トミノナガスネヒコ)を殺し、「大国主体制」を滅ぼして河内に統一王朝を開いた初代の王は崇神天皇(諡号)ですが、413年に東晋に遣使した崇神は中国から「倭王」に任じてもらうことはできなかったようで、初めて中国から「倭国王」に任じられたのは421年に遣使した讃ですから、「倭王・讃」は崇神天皇ではなく2代目の垂仁天皇(諡号)でした。
pcat2sさま、もし私が「古代史探偵・推古」ではなく「○○大学教授」だったら、ひょっとするとこのうっかりミスを見た人が、何も考えずに「○○大学の教授は初代倭王・讃は崇神天皇であると言っている」などと書いて、それが次々に引用されていったかもしれませんね。肩書さえあれば、どんな非論理的なことを言っても信用されるようですから(^_-)。
河内王朝の開祖は崇神だったのですが、初代倭国王となった讃は崇神と皇后イスズヒメの間の3男で2代目王となったイクメイリヒコ(諡号は垂仁)だったようです。
『古事記』は神武が亡くなった後、東征以前からの妻であるアヒラヒメとの間の2人の息子と、東征後に妻にしたイスズヒメとの間の3人の息子の間で王位争いがあり、イスズヒメの3男の神沼河耳命が庶兄のタギシミミノミコトを殺して第2代綏靖(すいぜい)天皇になったと記していますが、紀元前のオハナシは作り話ですから、神武は崇神で綏靖は垂仁であり、綏靖天皇になった3男の神沼河耳命とは垂仁天皇になったイクメイリヒコであり、長男の日子八井命とは毛野国造となったトヨキイリヒコ、次男の神八井耳命とは那珂国造となったタケミカヅチ(建借馬命)のことでしょう。
昨日は一日中台風21号のニュースでしたが、今日は一日中北海道の地震のニュースです。今年の日本列島は本当に「災害列島」ですね(T_T)。災害の報道のない日はないようです(T_T)(T_T)(T_T)。
ニュースでは、これは太平洋プレートが動いたことによる地震だけれど、プレートの沈み込みではなく東西圧縮によるものなので津波の心配はないというような話だったのでエッ!と思ったのですが、日高山脈は立山連峰などと同じように東西圧縮によって隆起してできた山脈だったようです。
調べてみたら、日高山脈は北海道で唯一の山脈だそうですし、ここは「地震の巣」だという話もありましたから、プレートの東西圧縮の力は北海道では全てこの辺りに集中するということなのでしょうか。この周辺では2016.6にM6、17.7にM5、2018.4にM5の地震が起きていたそうです。
昨日たまたまむかわ竜の化石が公開されるという記事があったのですが、
地図を見ると、震源地の厚真町・安平町はむかわ町の西隣りのようです。札幌ではこの地震であちこちが液状化したそうですが、このむかわ町の辺りは、7200万年前頃には水深80~200mの海だったのですし、
石狩平野は533万~360万年前には巨大クジラの泳ぐ深い海で、近年まで湿地帯だったのですから、それが液状化の原因なのではないでしょうか?
7200万年前頃には水深80~200mの海の底だったむかわ町は、現在は陸地になっているのですから、少なくても80~200m以上は隆起したことになりますが、この隆起も東西圧縮によるものなのでしょうね。
テレビでは学者さんがここには大きな断層があると、私にはどうしても納得できなかった模式図を示していましたが、この断層は地面がずれてできたのではなく、大陸から付加体が剥がれて日本列島ができた時の割れ目で、もともと間に海を挟んでいた不連続場所なのではないでしょうか。