2016.8.26 穂高神社と安曇野62 海の正倉院と海人族4
海人族の宗像徳善の娘の尼子娘は大海人皇子(天武天皇)の最初の妻となり第一皇子の高市皇子を生んだにもかかわらず皇后にはなれず、皇后になったのは天津族の中大兄(天智天皇)の娘の讃良皇女でした。
壬申の乱では大きな功績があったという第一皇子の高市皇子は、母が天津族(百済)の王族出身ではなく海人族(呉)の出身であったために皇太子にはなれず、讃良皇女の生んだずっと年下の草壁皇子が皇太子となったのですが、その草壁皇子が27歳で死去してしまった後も天皇にはなれませんでした<(_ _)>。
吉野の盟約では皇位継承第3位と定められていたにもかかわらず、第1位の草壁皇子・第2位の大津皇子が死去してしまった後も天皇になることはできなかったのです。天津族の王族は、権力と富の維持のために、数多い妻のうちで皇后になれるのは天津族の王族出身の娘だけ、皇太子になれるのは皇后の生んだ男子だけとしていたのですが、もし、海人族の母を持つ高市皇子が天皇になってしまったら、海人族の宗像氏が天皇の外戚になり、権力や利権が天津族から海人族に移ってしまうことになりますから、不比等を筆頭とする天津族はこぞって反対し、どんな手を使ってでも阻止しようとしたのだろうと思います(T_T)。
高市皇子は壬申の乱では大きな功績があったということなのですが、国家間の戦だったり王座を奪い合ったりするような大きな戦でモノをいうのは個人の力ではなく、武器の質や量、兵の数ですよね。だからこそどの国でも、普段から莫大な国家予算を組んで最新兵器の開発に励み、軍備を整えているのであって、一人のニンゲンの力などたかが知れているのです。
高市皇子がどんなに強かったとしても、現実には小説や劇画のように一人で何百人も何千人もの敵を倒せたわけではないでしょうから(^_-)、高市皇子の功績とは、莫大な富を有していた母方の宗像一族(海人族)が資金面や兵や武器の調達で宗像徳善の孫の高市皇子をバックアップしていたということではないでしょうか。
昭和63年(1988年)に奈良の長屋王邸跡から大量の木簡群(長屋王家木簡)が発見され、長屋王の裕福な暮らしぶりが分かったのだそうですが、高市皇子の長子である長屋王のその裕福さの背景には宗像氏の富があったのではないかと思います(^o^)。
藤原氏があの手この手の陰謀を弄して次々に高市皇子の子孫たちを殺していったのは、彼らが大友皇子を倒して王座に就いた天武天皇の子孫であったからばかりではなく、高市皇子―長屋王―その子供達の背景にあった海人族の富や力を怖れていたためだったのかもしれません<(_ _)>。
ところで一昨日は、イタリアでM6.2,ミャンマーでM6.8の大きな地震があって大きな被害が出てしまいました(T_T)。やはり世界中でプレートの動きが大きく早くなってきているのではないでしょうか<(_ _)>。
地中海地域はユーラシアプレートとアフリカプレートの境界で、アフリカプレートがユーラシアプレートの下に沈み込んでいるため地震や噴火が多いのだそうで、500mの海底では常に熱水が吹き出し、火山ガスが気泡となって噴き出しているそうです。
600万年前にはアフリカプレートの沈み込む速度が大きくなったためにジブラルタル海峡が閉じて海水が流入しなくなり、地中海が干上がってしまったこともあるそうで、553万年前に海峡が開いて再び豊かな海になったのだそうですが、地下にできた塩の層が縞模様になっていることから、海になったり干上がったりを何度も繰り返してきたことが分かるそうです。
地球上に不変のものなどは何もなく、全てがダイナミックに変化し続けているのです。プレートの動きが早くなって、地中海は今また干上がろうとしているのかもしれませんね(T_T)。