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穂高神社と安曇野45 やっぱり歴史はでたらめ?

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2016.8.1 穂高神社と安曇野45 やっぱり歴史はでたらめ? 

 

「臥薪嘗胆」というのは李白の「秋浦歌」の「白髪三千丈」と同じように、それほどの苦労をしたのだということを強く印象付けるための蘇軾の表現であって、史実ではなかったようです(^_^.)

 

今朝の新聞には「奏効するか『孫子の兵法』」という見出しがあったのでエッ?と思ったのですが、その内容は孫正義氏の企業買収のお話でした(^o^)。孫文も「孫」氏ですし、「孫」氏はたくさんいるのですよね。

 

考えてみれば、孫武の時代は今から2500年も前、蘇軾の時代からでさえ1500年も前だったのですから、本当のことなど分かるわけがありません。「呉の将軍の孫武は斉国出身の孫武だったと考えてよい」、「兵法書を書いたのは呉の大将軍だった孫武だと考えればよい」というような史家お得意のつじつま合わせの結果、「斉国生まれの孫武が兵法書を書いて呉国の大将軍になっていた」というオハナシになったのかもしれませんね(^_-)

 

そういえば、私たちの知っている「三国志」も小説『三国志演義』を元にしたもので史実とはずいぶん異なっていて、河東郡解県(現在の山西省運城市塩湖区解州鎮常平村)出身の関羽をスーパーヒーローに仕立てて創られたオハナシのようです。


山西省の商人たちがこれを劇にして世界中で演じさせたため広く信じられるようになったというのが真相のようで、横浜の中華街にも関羽を祀る関帝廟がありますが、三国志の英雄のはずの関羽は、世界中の関帝廟で「軍神」ではなく「商売の神様」として祀られているのです(^o^)

 

横浜の関帝廟

イメージ 1

 
イメージ 2

イメージ 3

商売の神様だけあって、目も眩むほどのきらびやかさです(^o^)

 

先日読んだ『美貌の女帝』も、元正天皇が美貌だったかどうかは確認できないので私は肯定も否定もできないのですが、文献の検証をしない史家や魅力的なヒーロー・ヒロインを描く小説家や脚本家は、基本的には歴史(オハナシ)を創る人達だと考えた方がよさそうです(^_-)

 

私はそういうオハナシを歴史としては納得できなかったので、本当はどうだったのだろう?と考え始めてしまったのですが(^_^.)、その過程で、読んでなるほどと納得できたものは「在野の・・・」とか「市井の・・・」と記されている方々のお書きになったものばかりでした。

 

「どうして立派な学術的肩書きをお持ちの方々のお書きになったものは訳の分からないつじつま合わせばかりなのだろう?」と私にとってはそのことのほうが大きな謎になってしまったと以前に書いたことがありましたが、先日友人に勧められた松本清張著『火の路』を読んで(まだ上巻だけですが、)その理由が分かってきました(^o^)。やはり謎解きには「謎を増やす文献」よりミステリー小説のほうが有効なようです\(^o^)/。

 

「実証性のない学問は学問ではない。しかし、このごろは実証というのが資料の羅列に終わるということといっしょくたにされているね。資料として他の学説を紹介することが実証的で科学的だと思ってるんだね。」 『火の路』より

 

なるほど、歴史学の世界での実証というのは、それが事実かどうかを確かめるということではなく、文献に書いてあるかどうかということだったのですね。文献の羅列ばかりのものは読んでも何も分からないし、ちっとも面白くないと思っていたのですが<(_ _)>、文献をたくさん読んで、これだけ読んだと並べ立てることがアカデミックであって、文献にないことを書いているものは科学的ではなく、アカデミックではない=在野の取るに足りない俗説だということのようです。


聖徳太子に係わる文献はたくさんありますから、それを並べたものがアカデミックであり、文献があるのに聖徳太子は架空の人物だと言った私は、非科学的でアカデミックではないということなのでしょうね(T_T)

 

「古代の地形から『記紀』の謎を解く」を書いた時、「自分の意見を書くならどの文献によっているのかを書かなければだめだ」と言われたのはそういう意味だったのですね。歴史学会の常識など全く知らなかった私は、その文献が信用できないから自分で事実を確かめたのに?と言われていることが当時全く理解できなかったのですが<(_ _)>




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