2016.5.16 地質標本館3
ナウマン博士が糸魚川―静岡構造線を発見した19世紀には、陸の一部が隆起したり陥没したりするというような垂直方向の変化は考えついても、大陸そのものが動いていたなどということは誰も考えてもみなかったのでしょうね(^o^)。
けれど今は、陸地を乗せた地殻は十数枚のプレートでできていて、そのプレートはマントルの対流によって陸地を乗せたまま動き続けていることが分かっているばかりか、そのプレートの移動を直接観測できるようにもなっているのだそうです。びっくりぽん!ですが、8世紀始めに作られた『古事記』で止まったまま非論理的なつじつま合わせに終始している歴史学とは違って、科学は日進月歩のようです(^o^)。
地球上のプレート
日本付近のプレート
日本周辺のプレートと海溝とマントルの対流
「あれ?」と思ったのは、「糸魚川―静岡構造線は、2000~1500万年前に断層の東側が大きく陥没したために形成された」と書いてあったことです。
科学の最先端を行っているように見えたこの標本館でも、その基礎になっているのは19世紀にナウマン博士が思い付いた仮説で、「ナウマン信仰」が今も続いているということなのでしょうか(^_-)?
ところでプレートテクトニクスを知った時、地球規模で物事を考えるだけでも壮大な話だと思ったのですが、先日の新聞には、NASAが太陽系の外側で1284個の惑星を新たに確認したというニュースが載っていました。その中で最も近い惑星は地球から11光年だそうですが、天文学的な視点からはこの距離はかなり近いのだそうです。「天文学的数字」と言えば、想像も及ばないような大きな数のことだと思っていたのですが、「天文学的数字」は今や人間の手の届く現実のものになってきているようです(^o^)。
私個人も、初めの頃には年単位で考えて謎解きをしていた古代史が、徐々に千年・万年単位の人類史になってきて、去年プレートテクトニクスを知って以降は地球史を億の単位で考えるようになってきているわけですが(^_-)。
全ての歴史は相互に論理的な因果関係で繋がっているのですから、やはり一部分を切り取って恣意的につじつま合わせをしてみても何の意味もないのです。しかも、一生懸命につじつまを合わせている『古記紀』や文献に記されているのは、ウソや作り話なのですしね~<(_ _)>。