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山の隆起と世界の塩湖 チチカカ湖と諏訪湖23

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2016.1.19 山の隆起と世界の塩湖 チチカカ湖と諏訪湖23

 

日本と韓国の歴史ドラマの違いについて私は4年前に↓のようなことを考えていました(^_^.)。どのドラマもすっかり忘れてしまいましたが。

 

忘れたと言えばすっかり忘れてしまっていたナバホ族の小説の中で、「ナバホ族とアイヌは似ている」ということと「乾ききった地面の上を丸い草が強い風に吹かれて転がっていく」という情景の二つだけが強く記憶に残っていました。

 

「ナバホ族とアイヌ」の件はATLウィルスのおかげで解決したけれど、あの丸い草は何だったっけ?と考えながら日曜日の新聞を見ていたら、なんとそこにこの草のことが書いてあって、タンブル・ウィード(回転草)という植物だったことや、どんなものでどんな風に転がるのかを確かめることもできました\(^o^)/。忘れていたことを思い出したのも、どんなものかが分かったのもATLウィルスのおかげですね(^o^)

 

オカヒジキなら食べたことがあるのですが、あれが回転草だったのかな~???緑色で香りやクセは無く、シャキシャキとした歯触りでしたが(^o^)

 

そのATLウィルスについては、このウィルスが輸血によっても感染することが分かったことから全国的に血清の検査が行われることになり、それによってキャリアの全国的な分布が分かってきたのだそうですが、やはり九州・沖縄が8.0%と高く、さらに細かくみると、鹿児島では13.0%と高率であるのに対し、北九州は3.0%と低いなど大きな開きがあったのだそうです。

 

その理由は歴史から考察することができます。北九州には、200年代には邪馬台国を始めとしてたくさんの弥生人の部族国家が作られていたことが『魏志倭人伝』に記されていますから、天津族以前に渡来してきてそれらのクニグニを作っていた弥生人によって、縄文人は北九州のそれまで住んでいた地から辺境や周辺の島に追いやられてしまっていたということでしょう。実際の検査結果も周辺の島々や人吉などの山間部にはキャリアが多いことを示していますから。

 
邪馬台国が大和ではなく北九州にあったことについては「古代の地形から『記紀』の謎を解く」をご参照ください。 アマゾンへ

北九州の3.0%のキャリアは、奴隷や労働力として北九州に残された縄文人に由来するものだろうと思いますが、縄文人の男性から弥生人に感染が広がることはなかったためキャリアの率が低いのでしょう。

 

それに対して鹿児島では、薩摩隼人・大隅隼人が狗那国の天津族の兵となってそのまま鹿児島に住み続けていたため、キャリアの縄文人の男性から妻へ、そして生まれてくる子供へ、その子からさらに妻や子へと感染が続いて広がっていったので13.0%と高率になっていたのだろうと思います。

 

また、九州以外の地方ではキャリアは0.31.2%の範囲内であったのに、九州や沖縄とは全く関係のないことが確認された北海道で5.0%、盛岡では3.5%と高い陽性率を示すところがあり、それがなぜなのか当時は皆目分からなかったのだそうですが、これも歴史的な考察から説明することができます(^o^)

 

岩手県では山が海に迫っていて外に通じる陸路はなく、他からは隔絶されたようなリアス式海岸の奥の漁村にキャリアの集中が見られたため、日沼先生はこの人々は黒潮に乗って海からやって来たのだろうか?とお考えになったようですが、他からは隔絶されたような場所に住んでいたキャリアとは九州や沖縄からやって来た人たちではなく、金の出る土地を奪いに来た朝廷軍によって辺境に追われた蝦夷たちだったのだろうと思います。

 

また不作為の調査では仙台に近い石巻にキャリアが多いことが先に分かっていたのですが、これは、三陸地方の人々は石巻に出稼ぎに行くことが多かったそうですから、密な交流があったためでしょう。

 

北海道で陽性率が高いのは、縄文時代の北海道には縄文人がたくさん住んでいたからですね。函館で特に高い数値が出ているのは、縄文時代の早期から晩期にかけて函館周辺には縄文人の大都市があり、たくさんの縄文人が長い間に渡って住んでいたからだろうと思います(^o^)



ここまでの推理をATLウィルスはことごとく立証してくれたようです\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/。



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