2019.8.20 鵜野讃良皇女と安倍内親王27 日本の古代史と韓国の古代史
なんだか釈然としない聖武天皇の遷都について考えていたら、まるで韓国歴史ドラマの展開のようになってきてしまいましたが(^_^.)、これは、私が韓国歴史ドラマに感化されてドラマティックなオハナシを作っているというわけではないのですよね。(残念ながら「古代史探偵・推古」の私は、想像でオハナシやドラマを作るような才能は持ち合わせていません)
そもそも弥生人とは、紀元前800年頃から中国や朝鮮半島から渡来し始めた人たちで、旧石器時代にすでに渡来して縄文文化を築いていた先住の縄文人を駆逐し、日本に王制や支配組織を作った人たちなのですから、その人たちが本国でやっていたことと同じことを日本でもやっていたということでしょう。
「日本の古代史」とされているものは、「文字を持たず、支配・被支配の構造を作らなかった縄文人の歴史」ではなく、『記紀』や「文献」として文字で残された「弥生人の歴史」なのですから、日本の古代の歴史が中国や朝鮮半島の歴史ドラマと同じような展開をしていたのは必然なのです。同じ人たちが場所を日本に変えて同じような権力闘争をしていたのですから(^o^)。
『記紀』のオハナシや『記紀』に沿った歴史学者さんたちの古代史解釈は矛盾だらけで全く納得できなかった私は、自分が納得するために手探りで「古代史の謎解き」を始めたのですが、分かってみれば単純な話で、矛盾だらけだったのは『記紀』が記した歴史が作り話(ウソ)であり、それを事実だと思い込んだ歴史学者さんたちが、そのウソのつじつまを合わせるための説を次から次へと作りだすことで謎を増やしていたということだったのです。無理に一つのウソのつじつまを合わせれば、別の謎が生まれてしまうのですから(^o^)。
2010年にそれまでに分かったことを「古代の地形から『記紀』の謎を解く」という本にまとめた時、「はじめに」に「矛盾があるのは文献がアリバイ工作しているからなのではないか、その謎を解くのは探偵の仕事なのではないか」と書いたのですが、大当たりだったようです\(^o^)/。固定観念や思い込みを持たない子供や素人の直感を侮るべからずです(^_-)。
天皇家は天から降ってきたカミサマの子孫だという『記紀』の作り話を信じているらしい歴史学者さんや、その学者さんたちのつじつま合わせの古代史解釈を疑問も持たずに信じ込んでいる方たちは、↓のような本など読んだことはないのでしょうね。
もし読んだとしても「古代の地形から『記紀』の謎を解く」を読んで「でたらめもでたらめ!!」とお書きになった「くま」さんのように、自分の固定観念に合わないものや、自分が知らないことや理解できないことは全て「でたらめ」として切り捨てているのかもしれません。
でも現代の子供たちは、人類が700万年前にアフリカで発生したことも、現代人は天から降ってきたカミサマの子孫ではなく、アフリカで発生した「新人(ホモサピエンス)」の子孫であることも、大陸は固定されたものではなく、移動し変化し続けていることも常識として知っているのですよね(^o^)。
先日、神奈川県立「生命の星 地球博物館」に行ったのですが、この手の博物館は、どこでもいつでも子供たちでいっぱいなのです。
「古代の地形から『記紀』の謎を解く」を読んで「でたらめもでたらめ!!」と思った方は「新人」の中でも「旧弊な新人」のようです(^_-)。