2016.12.12 穂高神社と安曇野149 安曇族(海人族)87 醍醐天皇
宇多天皇は、天皇を傀儡としてその「権威」を利用してきた藤原北家から距離を置こうとしていたようで、醍醐天皇が基経の娘の藤原穏子を入内させようとした時反対したそうですから、これが反目の一因になったのでしょうか?醍醐天皇は穏子を入内させたうえ中宮に立てていますし、門を閉ざして宇多上皇を締め出して、宇多天皇が藤原氏を牽制するために登用した菅原道真を大宰府へ追放することを決めてしまったのだそうです<(_ _)>。
道真は、阿衡事件を納めたことから宇多天皇の信任が厚く、道真の長女は宇多天皇の女御に、三女は宇多天皇の第三皇子・斉世親王の妃になっていたそうですから、醍醐天皇と時平にとって道真は脅威だったことでしょう。もし藤原氏を母とする醍醐天皇が、藤原氏に取り込まれていたために宇多上皇の意に反して基経の娘の藤原穏子を入内させたのであれば、宇多上皇は腹を立てて醍醐天皇を廃し、斉世親王を即位させてしまうかもしれませんものね。
天皇が本当に「天壌無窮の神勅」によって決まっていたのであれば、そこに藤原氏が介入する余地などないはずですが、誰を天皇にするかを決めていたのはカミサマではなく、権力争いの力関係であり、藤原氏だったようです(-_-;)。
もしも宇多上皇が斉世親王を即位させるという行動に出るようなことがあれば、醍醐天皇は天皇の地位を失い、時平は外戚の地位を失ってしまうわけですから、となれば藤原氏が次にすることは、飛鳥時代から繰り返してきた「家の芸」である陰謀で将来邪魔になりそうな人を排除してしまうことですね。道真と斉世親王を排除するために、「道真は宇多の子で自らの婿でもある斉世親王を皇位につけようとしている」と醍醐天皇に吹き込んだのではないでしょうか。
藤原氏は、飛鳥時代からこういった陰謀を繰り返し、密告や讒言によってたくさんの無実の人々を殺して怨霊を生じさせ、百鬼夜行に加わる人を増やしてきたのですから(T_T)。
でも、怨霊や百鬼夜行は、藤原氏に恨みを持つ人たちが藤原氏の悪行を伝えるために作ったオハナシで、栄耀栄華を極めた本人たちは「嵌められる方がバカなのだ」と微塵も罪悪感など持っていなかったかもしれませんけれど・・・・
『陰陽師』を読んだ時にはさっぱり分からなかった人間関係や、こんな背後の権力闘争や陰謀がなぜ今は分かるようになってしまったのかというと、これはここまでの謎解きに何度も繰り返し出てきた藤原氏の数々の陰謀と同じ構図であり、韓国歴史ドラマにはうんざりするほど繰り返し出てくるストーリーと同じなので、そのパターンが見えてきてしまったからなのです<(_ _)>。
ホームズが言うところの「犯罪事件には共通する部分がたくさんある。だから、千件の犯罪を良く知っていれば、千一件目の犯罪の謎が解けない方が不思議なくらいだ」ということなのですよね(^_-)。
例えば、息子についてあることないこと吹き込まれて疑心暗鬼になったイ・サンの祖父の李氏朝鮮の21代国王・英祖は、無実の息子を米櫃に閉じ込めて餓死させるという残酷な方法で殺してしまったのですが、私はまさか!と信じられず、最初は脚本家が創ったオハナシだろうと思いました。でも気になったので念のため調べてみたところ史実だったのです<(_ _)>。これには、お互いの間に疑惑を生じさせ、それが増幅するように仕向けて行く「離間策」という伝統的な手法が使われたようですが、基経もこの「離間策」を使ったようですね。
後になって息子の無実を知って悔やんだ英祖は、「洗草(セチョ)」という儀式を行って、史書に記されていた「捏造された息子の罪」を史書から消し去ったそうですが。