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フォッサマグナと火山活動

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2015.11.24 フォッサマグナと火山活動

 

フォッサマグナは陸が6000m以上も落ち込んだために断層ができたのではなく、付加体の東北日本側が反時計回りに、西南日本側が時計回りに回転する大きな力が働いたことで付加体が真ん中から割れ、その割れ目から左右に引き裂かれて大きな溝ができたのだと私は思います。

 

そしてその溝は、幅が糸魚川―静岡構造線と棚倉構造線の間であり、深さは6000m以上で、この時この巨大な溝は、深さ6000mの海になったのです。

 
イメージ 1

「棚倉構造線」の北側には幾つかの活断層が知られているそうですが、これは、それ以前に付加体の東北日本側がいくつもの島に割れた時にできた断層面なのではないでしょうか(^o^)

 
イメージ 2

「フォッサマグナのもう一つの地質学的な特徴は、フォッサマグナの真ん中に南北方向の火山列があることです。北から代表的な火山をあげると、新潟焼山・妙高山・黒姫山・飯綱山・八ヶ岳・富士山・箱根・天城山などです。」とありますが、付加体が割れて巨大な溝ができた後、この深さ6000mの裂け目の上にはフタをしていた陸地が無くなったのですから、地下のマグマは噴出しやすくなったはずですよね(^o^)。その結果、溝の底の地層が一番薄くなった所にいくつものマグマの噴出口が開き、南北に並んだたくさんの火山列ができたのだろうと思います。

 

そして、その活発な火山活動は950万年前頃から600万年前頃まで続いていたようですから、そのたくさんの海底火山から噴出した大量の噴出物によって、深さが6000m以上あった巨大な溝の海は徐々に埋められていったのではないでしょうか。「長野・群馬の県境付近はこの頃に陸化し始めた」のは、この火山活動によって溝が埋まっていったということでしょう。

 

「フォッサマグナの外側や、関東山地はおもに中生代・古生代の古い時代の岩石でできているのに対し、このほぼ南北方向にできた溝の中は新生代の新しい時代の岩石でできている」のだそうですが、その新しい時代の岩石とは、3400万年もの間続いた溝の底の海底火山列の活発な活動による大量の噴出物が堆積してできたもので、フォッサマグナの外側と関東山地の古い岩石は、それ以前の付加体を構成していた岩石だからだと私は思うのですが、「フォッサマグナは地面が落ち込んでできた」としている学者さんたちはこの溝の内部が、周囲や「落ち残った」関東山地の岩石とは異なる新しい時代の岩石でできていることをどう説明しているのでしょうね???

 

「溝の内部が新しい時代の岩石でできているのは、地溝帯が落ち込んだ後、溝の中に堆積物がたまって新しい岩石ができたからだと考えればよい」というのが一番ありそうな説明でしょうか(^_-)

 

でもそうだとしたら、6000mもの深さのあった巨大な地溝帯を埋め尽くしたほどの大量の堆積物はどこから来たと説明するのでしょうね?地上にあった火山の噴火によって上空から降ってきたものが堆積したのであれば、溝の中だけでなく外にも同じ噴出物が同じくらいに堆積したはずだと私は思うのですが、「フォッサマグナの外側や、関東山地はおもに中生代・古生代の古い時代の岩石でできている」のだそうで、その上に新しい堆積物が分厚く乗っているというわけではないようです。これは、この巨大な溝を埋め尽くした堆積物が上空から降ってきたものではないということを示しているのだと私は思うのですが(^_-)

 

これまで見てきたところでは、こういう場合の学者さんたちのやり方は、


①「・・・と考えればよい」という論法でつじつまを合わせる

②「フォッサマグナの外側や、関東山地はおもに中生代・古生代の古い時代の岩石でできているのに対し、このほぼ南北方向にできた溝の中は新生代の新しい時代の岩石でできている」と現象だけを述べてその理由には頬かむりをする

③「これがなぜなのかは謎である。今後の研究が待たれる」という常套句で逃げる


の三パターンのいずれかだったのですが(^_-)、私はそのどれにも納得できなかったので自分で謎解きを始めてしまったというわけなのです(^_-)

 
 

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