河骨川のコウホネとは、水のきれいな浅い池や沼に自生する黄色い花を咲かせる水生植物のことなのですが、今は絶滅危惧種となっていて、私は植物園でしか見たことがありません<(_ _)>。けれど、至る所に湧き水があってそこから小川が流れ出していた頃にはどこにでも普通に咲いていた花で、河骨川の周辺には特に多かったのかもしれませんね。
今、この花が絶滅危惧種になってしまっているのは、湧水が枯渇し、かつての清流がドブ化したうえ暗渠になってしまったからなのでしょう(T_T)(T_T)(T_T)。
この河骨川の水源は、山手通りの初台坂上バス停付近の窪地と代々木4丁目の刀剣博物館前の窪地で、江戸時代の地図には池と流路が記されているそうですから、この池も武蔵野台地の宙水を水源とする湧水池だったのでしょうね。
そこで、刀剣博物館を地図で探してみたのですが見つかりません。刀剣には興味がなかったので行ったことはなかったのですが、その辺にあることは知っていたのでおかしいな?と思ったら、なんと今年1月に代々木から両国に移転してしまっていました<(_ _)>。
なぜ知っていたのかというと、代々木に住んでいて参宮橋駅を使っていたことがあったからなのですが、参宮橋駅からの道は、夜疲れている時には上るのがつらくなるような坂道でした。代々木駅からは平らな道なのですが距離が長く、参宮橋駅からだと距離は短いのですが急坂を上らなければならないので、どちらから帰ろうかと時々迷っていたのです(^_^.)。
その頃は地形の変化のことなど全く考えてもいなかったので、昔は坂の下の駅の辺りを川が流れていたなどとは夢にも思わずに私は武蔵野台地の端から河骨川が流れていた谷(縄文時代の海)に向かって坂を上り下りしていたのです(^o^)。
今の地図では刀剣博物館前の窪地がどこなのか分からなかったので、手持ちの江戸の地図で河骨川とその水源の池を探してみました(^o^)。この地図は安政3(1856)年の地図なのですが、確かに水路(川)がたくさん描かれています。代々木4丁目から代々木八幡に流れる川も描かれていましたが池は描かれていませんでした。
この地図では北は右になっていますから、地形図の方を90度右に回すと分かりやくなりますね(^o^)。ピンクの所が代々木八幡のある舌状台地の端のようです。
江戸末期のこの地図では明治神宮は井伊家の下屋敷になっていて、その他の大部分は緑色の代々木村の百姓地になっていますから、台地の上は畑で下は田んぼだったようで、関東大震災頃までは田や畑ばかりの中を小川がのどかに流れているような風景だったようです。この地図では渋谷区も目黒区も新宿区も、ほとんどが緑色の「百姓地」になっています。
ところで私は「体の中に磁石がない」と言われている方向音痴で、地図を回さないと位置が分からなくなってしまうので、いつも進行方向が上になっているカーナビは分かりやすくてありがたいのですが、体の中に磁石がある人は地図の中で自分が回ることができるので、方角がコロコロと変わってしまうカーナビは方向感が狂ってかえって分かりにくいのだそうです(^_^.)。